代表挨拶
東日本大震災被災住民支援プロジェクト「きぼうときずな」の代表としてご挨拶申し上げます。3月11日の大震災直後、おそらくはすべての医療関係者が「何か支援をしたい」という熱い想いを感じられ、多くの方々が実際に支援活動に参加されたことと思います。私は福島市出身でありこの思いには強いものがありました。震災時は台湾で講演最中でしたが、原発の水素爆発の映像もしきりに流れ、この復興は長期戦になるという直観を持ちました。13日に台北を発ちましたが、出国担当事務官が私のパスポートの本籍Fukushimaを見て日本語で「ガンバッテ」と言ってくれたことが忘れられません。どう頑張ればよいのか?
震災前から高齢化に伴って地域医療が崩壊状況にあり、新たなシステムが必要となることは目に見えておりました。支援活動を通じ、現実の問題をあぶり出し被災住民を支えつつ新しい地域医療システム作りに少しでも貢献できればとの想いから、聖路加看護大学に人的支援をお願いいたしました。井部俊子学長の即断そしてタイミングよく現地・いわき市からの支援要請が届き、さらに幸運にもペヨンジュン氏から医療支援車を提供いただき、きぼうときずなのプロジェクトが始まりました。そして2012月3月までに約1100名の聖路加看護大学関連の保健師・看護師を福島県に派遣することができました。必ずしも規模の大きなプロジェクトではありませんが、確実に行政にインパクトを与え、聖路加看護大学の力を示すことができたと思います。このプロジェクトは行政と連携し、まだしばらくは継続いたします。
これまでの皆様のご支援に感謝申し上げますと同時に、今後ともご支援いただきたくお願い申し上げます。
NPO日本臨床試験研究ユニット(J-CRSU)理事長
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻 生物統計学分野教授
大橋靖雄
On behalf of “Kibou to Kizuna (Hopes and Connections)” support project for residents affected by the Great East Japan Earthquake, I would like to extend the most cordial greeting as the project representative. Immediately after the devastating quake on March 11th, I believe almost all the healthcare professionals strongly thought “Is there anything I can do?” And in fact, so many participated in rescue efforts. I, myself, am originally from the city of Fukushima, where I always feel close to my heart, and I shared the same strong empathy towards the people and the region.
When the earthquake hit, I was on a lecturing tour in Taiwan, but seeing the frequently aired images of hydrogen explosions at the nuclear facilities, I intuitively thought, the road to recovery will be a long-term effort. When I was to leave Taipei on March 13, an officer at the embarkation counter looked at my passport showing my registered domicile as Fukushima, and said to me “Ganbatte!” that is “Hang in there” in Japanese. I never forget that encouragement, but the question was “How do we hang on?”
Even before the quake, the local healthcare system was disintegrating, and it was obvious that a new system would be necessary. Out of my wish to contribute even if only slightly, I asked St. Luke's College of Nursing in Tokyo for human resources support for activities, through which I thought would elucidate the real-life issues to create new local healthcare system while supporting those residents affected. President Toshiko Ibe made immediate decision to support our idea, and almost coincidentally, we received a request from the city of Iwaki for our help. Moreover, we were fortunate to receive donation of medical support vehicles from a Korean actor, Mr. Bae Yong Joon, and the project started to roll. Then, by March 2012, we have sent approximately 1100 nurses and public health nurses from St. Luke's College of Nursing related organizations to Fukushima prefecture. This is not necessarily a large project; however, we definitely influenced the public administration and showed the abilities St. Luke's College of Nursing has. This project will continue its activities for a while collaborating with the government. I would like to thank all your assistance to now, and at the same time ask for your continued generous support in our effort to achieve the true recovery.
Yasuo Ohashi, PhD
Professor of Biostatistics, School of Public Health, University of Tokyo
Chief Director, NPO Japan Clinical Research Support Unit (J-CRSU)
きぼうときずなプロジェクト設立と医療車寄付の経緯
このたびの東日本大震災では、地震・津波被害に加え、原発事故そしてこれに伴う風評被害が被災地とくに福島県住民に重くのしかかっております。災害勃発から福島県においてはとくに、生活支援と心のケアの必要性が長期化すること、これまでの災害とは質的にも量的にも異なる被災者支援が必要となる、が関係者の一致した認識でした。
本プロジェクト「きぼうときずな」運営の中心となるNPO日本臨床研究支援ユニットは、国民の明日の医療と健康を目指すために行われている研究者主導臨床研究・疫学研究を支援する、非営利としてはわが国最大の組織であり、約100人のスタッフにより100近くの研究の運営管理を行っております。その中には今回の被災地に居住される住民の方々にご参加いただいている研究も存在します。海外に比べ遅れているわが国の臨床研究・疫学研究を遂行し医療や予防法を改善するためには、参加される住民の理解が何よりも必要です。本NPOのミッションは個々の研究を支援することのみではなく、この基盤となる住民のご理解をいただくことにもあります。今回の支援活動はその一環と考え、本プロジェクトを立ち上げた次第です。
今回の支援は
- 避難所・仮設住宅・在宅での医療・看護支援と心のケア
- 「くすりと健康」手帳配布
- 現地看護実践等を通じた被災住民ニーズの把握、その行政への提供
- 正しい放射線リスクについてなど、被災者に対する情報提供
が具体的な柱となります。
本プロジェクトのビジョンは、「災害によって浮き彫りにされたわが国の地域医療の問題点を踏まえ、明日の地域医療・健康つくりシステムの構築に貢献する」ことです。そしてミッションは、「支援活動を通じた被災住民のニーズの把握と行政への反映、健康維持・増進のための情報提供はいかにあるべきかの試行と評価、避難所から仮設住宅まで継続して行う看護活動を通じ今後の高齢者健康対策に提言を行う」ことです。
災害勃発から支援の計画を立案し、3月末からの複数の現地訪問を含め、関係者と協議調整を行ってまいりました。その結果、福島県精神保健福祉センター・福島県立医科大学神経精神医学講座のご指導の下、地域の保健所や関連施設に協力する形で復興に向けた被災住民支援を行うことが可能となりました。救急医療の需要が一段落したこれからの支援活動の主体は看護師・保健師となります。これらの人材をどう確保するかが課題となりましたが、NPO日本臨床研究支援ユニット正会員であり、本プロジェクトに当初から協力をいただいていた聖路加看護大学卒業生・石井苗子氏(看護師・保健師)の紹介により聖路加看護大学(日野原重明理事長、井部俊子学長)のご協力をいただけることとなりました。具体的には、聖路加看護実践開発研究センター(山田雅子センター長)が大学の正式事業として看護師・保健師の募集と派遣調整にあたっていただけることとなりました。広大な福島県で支援活動を行うためには自動車の機動力が必須です。プロジェクト発足にあたり医療支援車の協力を多方面に依頼していたところ、ペ・ヨンジュン氏の寄付金を配分していた所轄官庁のご判断により、その寄付金から3台の車分の費用がNPO日本臨床研究支援ユニットに寄贈される事となりました。本NPOでは、これらの車を現地に配置し、現地でのボランティアの方々のご協力をいただきつつ、聖路加看護大学教職員・大学院生・卒業生を中心とした医療者の支援をロジスティックス(交通・宿泊・資金)と情報提供・データ処理の面で行います。
支援のための費用は寄付によってまかなう予定で、これから各方面に寄付をよびかけたいと思います。
現段階の支援状況と今後について報告いたします。
すでに4月29日に3名の看護師がいわき市にはいりました。いわき市保健所の計画に沿って被災地区の家庭訪問(ローラー作戦)を5月半ばから開始する予定です。5月6日には精神看護専門家が相馬市にはいりました。福島県立医大看護学部精神看護学講座の活動を支援する形で、心のケアの調整作業を開始しております。相馬地区の精神医療は、精神医療を主に提供していた南相馬市の医療機関の被災により今後長期の継続的支援が必要となります。現在では最大の避難所となっている郡山市のビッグパレットふくしま(約1500人が避難)において、避難されている方々の支援を仮設住宅への移動後まで含めて行うことを県中地域災害対策本部あてにご提案させていただいております。これも5月半ばから開始できる見込です。活動報告や今後の予定等につきましてはホームページhttp://kiboutokizuna.jp/にて逐次ご報告させていただきます。
2011年5月9日
特定非営利活動法人 日本臨床研究支援ユニット
プロジェクト「きぼうときずな」代表 理事長 大橋 靖雄
放射線の影響
福島での医療活動を目指している看護師・保健師とその御家族の皆様へ
地震、津波の大災害に加えて原子力発電所の事故の影響が続く福島県の方々に対して、医療支援に立ち上がろうとされている皆様方の熱意に心から感謝しております。
さて、原子力発電所の事故によって、福島県を主として広範囲にわたって通常より高い放射線の値が検出されていることは、報道等でご存じのとおりです。通常より高い数値であることから、多くの方々が健康影響を心配されていますが、現在のところ、避難指示区域以外の地域で活動する上では、健康影響を心配する必要は全くありません。
私たちの身の回りには、宇宙や土からの放射線、食べ物からの放射線、もともと私たちの体に入っている放射性物質からの放射線などがあります。今回の原子力発電所の事故が起きる以前から、私たちは通常の生活をするうえで放射線を受けています。その量は1年に約2400マイクロシーベルト程度といわれています。
原子力発電所から放出された放射性物質は、風向きや地形の影響を強く受けるので、必ずしも発電所から同心円状に広がるわけではありません。今回、事故を起こしている福島第一原子力発電所から約50km離れている福島市は、比較的空間線量率が高い地域として報道されています(4月9日で1時間当たり2マイクロシーベルト)。その福島市で3月25日から4月5日まで12日間滞在して緊急被ばく医療のための活動をした長崎大学のチームによると、12日間合計で実際には53マイクロシーベルトの被ばく線量であったということです。即ち単純に、1時間当たり2(マイクロシーベルト)×24(時間)×12日=576マイクロシーベルトという推測値と実際の計測値は異なります。またこの53マイクロシーベルトという量は胸部レントゲン単純写真1回分とほぼ同じ量です。放射線の影響は、1回にまとめて受けた放射線より、少しずつ受けた放射線のほうが、影響が少ないことが知られていますので、実際には胸部レントゲン写真1枚よりはるかに影響が少ないことになります。
従って、現在の福島県で医療活動をされるにあたって、避難指示区域以外の地域で活動する上では、環境中の放射性物質による健康影響はまずないと考えて差し支えありません。もちろん、個人の被ばく量を測ることができるポケット線量計を装着して、個人線量を把握しておくことで、安全を確認することができます。尚、もし避難指示区域、原子力発電所から近い地域での活動をなさる場合には、空間線量計という計測器で放射線の強さを調べておくことが必要な場合もあります。
皆さまのご活躍が福島の方々に大きな助けとなると信じております。どうぞよろしくお願いいたします。
低線量放射線の人体に対する影響について
(※1ミリシーベルト=1,000マイクロシーベルト)
今、福島県において原発より30km圏外のところでは、1時間当たり20マイクロシーベルトの放射線を示す地域はほとんどなく、多くはその10分の1以下です。しかし、もし1時間20マイクロシーベルトの放射線が降り注いだとして、人体に取り込まれる量は約1/10以下で、1時間当たり2マイクロシーベルト以下と考えられます。 2マイクロシーベルトを24時間受け続けたとしても約50マイクロシーベルトにしかなりません。
世界中には、1年間に10~50ミリシーベルト(1日あたり27.4~137.0マイクロシーベルト)の被ばくを自然界から受ける放射線の高い地域があり、その環境下に住んでいる方々でも、将来ガンになるリスクは、他の地域の方々と全く変わりません。仮に1時間当たり20マイクロシーベルトであっても、それは極めて少ない線量で、1ヶ月続いた場合でも、人体に取り込まれる量は約1/10のため1ないし2ミリシーベルト、1年間でも12ないし24ミリシーベルトですので、健康への影響はありません。
また、チェルノブイリで長期間にわたって放射線被害の研究をされてこられ、福島県知事より放射線リスクアドバイザーに任命されました、長崎大学の山下俊一教授は「今回の災害における子供と母親の安全安心のために」のご講演で(3月21日)次のようにお話しされています。
- 放射線はエネルギーだから体に当たると遺伝子をこわすのでガンの治療にも使われます。それを具体的な数字で現すと、1ミリシーベルトの放射線で遺伝子1個に傷が付く、100ミリシーベルトで100個という計算になります。 しかし、10マイクロシーベルト程度では傷がつかないのです。
- 自然に生活しているだけで人間は、年間、2.4ミリシーベルトの放射能を受けているのです。けるという放射線の高い地域もあり、そのような環境下に住んでいる方々でも、将来ガンになるリスクは、他の地域の方々と全く変わらないことは上にも見たとおりです。100ミリシーベルトの被ばくをいっぺんに受けた時、100人中1人がガンになるかどうかという程度です。 一方、70歳を過ぎますと、人は100人中33人がいろんなガンで死ぬことになります。 ですから年間12~24ミリシーベルト(時間20マイクロシーベルト)という低濃度の放射線量では健康影響はありません。
- 被爆線量の基準は、子供の健康を考えたもので、20歳以上の大人はチェルノブイリクラスの放射線でもほとんど影響のないことが影響調査の結果示されています。
本文書は、福島県の放射能問題についてのコンサルタントである長崎大学大学院・山下俊一教授(放射線生物学)のお話しを福島医大・丹羽真一教授(神経精神医学講座)がまとめ、それをもとに長崎大学グローバルCOEプログラム・放射線健康リスク制御国際戦略拠点・柴田義貞特任教授(疫学)が作成したものです。